安西祐一郎(慶應義塾大学)
1.調査研究活動のビジョン・制度の原則・活動の特色
本学会の調査研究活動は、「新しい多様な価値の創造」という21世紀に向けた新たなビジョンのもとに、「活動の自由と自己責任」を運営・財務制度の原則とし、「領域制」および「研究会論文誌」を活動の大きな特色として、ますます活発な活動を展開している。この姿は、活動の自由のもとに自らの意思で価値創造に参加できることが入会の大きなインセンティブとなるべき21世紀の学会にとって、たいへん魅力ある姿といえるであろう。
新しい世紀を目前にして調査研究活動がこのように明快な未来の姿を示すことができた経緯について、本稿では90年代の調査研究活動に的を絞って概略を述べる。
2.1990年代の調査研究活動
学会創立の翌年(1961年)に始まった調査研究活動は、73年の「調査研究に関する規程」施行、会長直属の諮問機関としての調査研究運営委員会の設置、82年の同委員会委員長4年任期制の制定、89年の研究グループ制度創設等を経て、90年代には以下のような特筆すべき経過を経てきた:
- 90〜91年度: 研究会の新設・統廃合、研究会の財政、調査研究運営委員会のあり方、研究会への学会補助金のあり方等について貴重な議論を蓄積。
- 92年度: 91年の学会運営企画委員会報告に基づき部会制検討委員会が設置され、調査研究側でも部会制検討を開始。非会員の研究会準登録制を実施。
- 93年度: 研究会活性化および部会制に関するアンケート調査を経て、コンピュータサイエンス領域、情報環境領域、境界領域の3グループからなる「グループ制」を施行し、議論の充実および活動の活性化を図るとともに、活動積立金の半自由化、活動に即した登録費の算定などを実施。
- 94年度: 「グループ制」を「領域制」に名称変更、境界領域をフロンティア領域に改称。領域の数に合わせて調査研究担当理事を2名から3名に増員。財務・運営制度の基本として「活動の自由と自己責任」の考え方を打ち出し、密度の高い議論を経て「調査研究に関する試行規程」案を承認(3.
に後述)。
- 95年度: 上記試行規程を実施し、研究会活動の自由度を高めるための支援経験を蓄積。
- 96年度: 「調査研究に関する規程」の正式制定。73年以来23年を経て、調査研究活動のあり方が抜本的に改訂された。また、研究会将来ビジョン調査委員会(富田眞治委員長)を設置、同委員会および理事会設置の学会将来ビジョン検討委員会の答申を受け、学会の研究部門である論文誌編集委員会と調査研究運営委員会関係者の合同による論文誌・研究会合同委員会が設置され、分野別論文誌発行の検討を開始。調査関係の活動として、名和小太郎委員長のもとで学会の倫理綱領を作成。
- 97年度: 96年以来の経緯と論文誌・研究会合同委員会の進展を踏まえ、調査研究運営委員会で「研究会論文誌」の活動を了承。9月の論文誌・研究会(拡大)合同委員会(高橋延匡委員長)において「新しい多様な価値の創造」という、未来を先取りする優れたビジョンについて合意。このビジョンのもとに、新しい多様な価値を創造するための研究会の活性化向上に資することを目的として、研究会論文誌の発行を同委員会で10月に承認、98年3月の理事会で承認。
- 98〜99年度: 「研究会論文誌」の刊行を開始(4。に後述)。研究会幹事の数を個別の活動に応じて柔軟化。研究会活動を研究会の自己責任の範囲で学会の諸事業に資する活動に拡大。研究会の連絡委員を運営委員と改称。フロンティア領域が領域所属研究会全部による合同研究会を開催。研究会の企画によりCD-ROM付き論文誌特集号を編集。その他多彩な調査研究活動を新たに展開。なお、調査研究活動のうち情報処理教育カリキュラム調査委員会については98年度から調査研究とは独立の常置委員会になっている。また、新しい著作権規程の影響如何、電子化への対応、全国大会との関係、そのほか多くの課題がある。
3.新「調査研究の規程」・「領域制」・「活動の自由と自己責任」の原則とそれらの効果
95年度に試行が始まった新規程には、調査研究運営委員会全体会議の廃止、同幹事会の廃止、1号・2号委員名称の廃止、3つの領域委員会の設置と権限拡大(研究会の新設・統廃合、領域としての予算立て等)、領域委員長、財務委員等の役職設置、調査研究運営委員会の構成と坦務の大幅な変更、調査研究の目的としての「将来ビジョンの策定と提言」項目の規程への追加が盛り込まれ、また財政の自立を目指した研究会区分経理の導入等とあいまって、領域制を全面的にサポートする抜本的な改革となっている。
特に、領域の運営権限拡大とともに、活動積立金の積立てと使用に関する自由化と自己責任による研究会運営の大幅な弾力化が図られた。たとえば、1つの研究会が開催すべき発表会は年4回以上だったのが年1回以上に改められ、シンポジウム開催等を含めて研究会の判断による活動の自由が大幅に増えた。たとえば、シンポジウム等の開催回数は90年代前半の年間14〜19回から後半には22〜28回に達し、特に99年度は28回開催されている。他方、研究発表会の開催回数は93年度以降年間120回台に定着し、減少傾向はみられない。
また、学会補助に頼ってもさらに赤字を重ねていた財務状況はその後数年を経ずして黒字に転換しており、「活動の自由と自己責任」の原則は、調査研究活動の活性化と財政改善に劇的な効果を及ぼしている。
こうした抜本的改革が円滑に進んだのは、それまでの長期にわたる議論と「グループ制」等の実施、組織改革への多くの関係者の熱意、バブル崩壊後のボーダーレス時代に向けて規制緩和の方向を先取りすることへの意欲等の重なりによるものと考えられる。
4.「研究会論文誌」の刊行とその効果
「研究会論文誌」は、99年度までに準備中を含めて、プログラミング(PRO)、数理モデル化と応用(TOM)、データベース(TOD)、ハイパフォーマンスコンピューティングシステム(HPS)、コンピュータビジョンとイメージメディア(CVIM)の5種類が発行を承認され、専門分野の色濃くレベルの高い、また新たな特徴を備えた査読基準による論文誌として活発な活動を始めている。
また、従来からの論文誌を「ジャーナル」、研究会論文誌を「トランザクション」と通称して、学会全体として1つの論文誌活動のもとでの多様な活動と捉え、相補的な趣旨を持って、ますます広範になる情報学の全般にわたるアーカイヴァルな公表の場を飛躍的に増やし、関連研究会登録会員だけでなく一般会員の購読も可能として、学会の研究活動を飛躍的に拡大させるのに役立ち始めている。「研究会論文誌」刊行以来、学会への投稿論文数は両論文誌を合わせて増加の傾向にある。
なお、論文誌編集委員会とは相互にオブザーバが委員会に出席できるようにし、円滑なコミュニケーションを図っており、今後両委員会が学会の研究部門として協力活動を拡大していくことを期待している。
5.おわりに
調査研究活動がこの10年にわたる上記の経過とそれ以前の長年にわたる歴史を経て、冒頭に述べた明快な姿をとるに至ったのは、特に、歴代関係役員の方々、そして穂坂衛(1982年就任、以下同)、猪瀬博(87)、榎本肇(90)、野口正一(94)、稲垣康善(95)の歴代調査研究運営委員長、調査研究担当理事、調査委員長、領域委員長、財務委員、研究会/研究グループ主査・連絡(運営)委員、研究会/研究グループ登録会員、調査委員会委員、事務局担当者等、多くの方々のご尽力の賜である。困難な問題を克服して調査研究活動の発展に寄与されてこられたすべての皆様に、この場をお借りして心から感謝の意を表したい。
偶然の産物ではあるが、筆者は91年に研究会主査になって以来、約10年にわたり調査研究活動の運営に直接かかわってきた。本稿はその経験とデータに基づくものであるが、舌足らずの文章や誌面の関係で記し得なかった重要な事項も多い。これについては文献1)〜5)等、特にこの10年の経緯については文献5)を参照いただければ幸いである。また文献4)は全研究会・研究グループ主査によって書かれた貴重な文献である。
参考文献
- 情報処理学会編:『30周年のあゆみ』(1990)。
- 安西祐一郎: 研究会運営の領域制試行について、 情報処理、 Vol.36, No.5(May 1995)。
- 安西祐一郎: 創造組織への自己改革を目指して、情報処理、Vol.39, No.1(Jan. 1998)。
- 30研究会・3研究グループ主査:記念セッション−過去と未来をみつめる−、第60回(平成12年度前期)全国大会(拓殖大学)記念セッション・イベント報告集、pp.83-188(Mar.
2000)。
- 安西祐一郎: 調査研究活動の過去・現在・未来、同上、 pp.85-92(Mar. 2000)。
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