論文誌は質の高い専門技術情報を専門的技術情報に関心をもつ会員に選別的に提供するメディアとして位置づけられ、一方、研究会は、情報処理技術について専門的な視点から討論する場であり、学会から発信する専門知識を育成する場として位置づけられる。改革案の図に示すように、論文誌と研究会は、専門的技術情報という点において密接な関係にあり、緊密な連携を取る必要がある。 |
平成6年度から導入された研究会の領域制については財政的に裏打ちされた運営がなされており、今後、分野分け、領域の在り方等の検討は必要であるにしても、将来的には当該分野の振興を図るための構造的受け皿としての機能を果たすに足るものと思われる。ここでは研究会の領域制を発展させ、論文誌・研究会の双方の活動が融合された改革の姿を示す。 |
2.1現状の問題
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2.1.1研究会
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- 会員から見ると27研究会が乱立し、重複部分が多い。また、各研究会は同好会的である。そこから大量の研究会資料が刊行されているにも関わらず、海外に対する情報発信ができていない。
- 会・産業界のニーズに取り組んでいない。実務家から見ると、社会や産業界のニーズ(例えば、ソフト開発や2000年問題)に対する取り組みがほとんど見られない。
- 運営の硬直化。研究会主催者から見ると印刷費に多くの費用を取られ、フレキシブルな自主運営ができない。
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2.1.2論文誌
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- 論文数:他学会に比べて、論文数がかなり少ない。平成7年度実績で、会員あたりの採択論文数は0.0084であり、通信学会Dグループの0.02、人工知能学会誌の0.017、ソフトウェア科学会の0.014に比べてかなり低い。
- アイディア主体の論文、システム作成(作品)報告論文、実務論文、教育など境界領域論文が採録されにくい。それにも関わらず、論文の質は国内の他学会論文誌とは比肩するものの、欧米誌に劣るという自己評価(論文誌編集委員会調査)がある。また、アンケート調査によって有効という回答が6割という報告があるが、アンケート回答が調査対象1300名中約160名しか得られていない状況下での数字であるので説得力に乏しい。シンポジウム論文や特集論文でも採択率が低い。
また、全般的に査読期間が長すぎるという不満がある。
- 研究会との連携が取れていない。シンポジウム特集号の提案などが難しい。
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2.2改革案
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- 研究領域の見直しと実務・応用領域の新設
- 研究領域の編成を再検討し、現状の社会情勢と技術動向を反映したものとなるようにする。特に、産業界からの要請に応えるため、実務と応用の視点を前面に押し出した新しい研究会活動を展開できるような、実務・応用領域を新設する。領域登録制についても検討する。
- 研究会の機動的な新設・統廃合
- 時代の要請と継続性の両面を考慮した弾力的で機動性のある研究会設置ができるようにする。各領域で、設置する研究会のバランスが取られるよう配慮する。
- 領域トランザクションの発行
- 専門情報の育成と発信は研究会を中心に行う。一定の完成度に達した専門情報発信のために、領域毎にトランザクションを設け、査読付き論文として刊行する。研究会で開催する査読付きシンポジウム論文を領域トランザクションに特集号などとして掲載するなど、有用な論文の迅速な収集と発信を努める。
- 領域トランザクションに掲載される論文の採択基準
- 領域の特質を反映して、領域毎の基準によって行う。(一定のガイドラインは必要)例えば、理論領域では知見の新規性と妥当性が重視されるであろうし、応用領域ではシステムの有効性や知見の有用性が採択基準の大きなウェイトを占めることになるだろう。また、論文のカテゴリを工夫してアイデア段階の論文や速報性の要求される研究発表などを積極的に取り上げることを試みる。
- 研究会資料印刷廃止と電子化
- 経費のかなりの部分を占めていた研究会資料の一括印刷は廃止する。これによって従来の研究会資料のうち、完成度の高いものは査読ののち領域トランザクションに掲載され、十分な完成度に達していないものは、電子的なメディアなどによって回覧され、討論を通じて熟成していくことになる。研究会資料は著者自身で電子化して配布する。これにより、研究会に参加しにくい地方の研究者へのサービスを向上させる。電子化の方式や配布方式は研究会毎に工夫する。
- 基幹論文誌について
- 領域トランザクションが発行されるようになれば、現行の基幹論文誌との融合がなされていくであろう。現行の基幹論文誌に掲載されている論文は、領域トランザクションに掲載されることになる。この移行が円滑に行われるためには、現在の論文誌のもつ権威が失われないように特に配慮する必要がある。また、特定の領域にとどまらず情報処理の多くの領域にわたってインパクトを与えると考えられる論文は、用語説明や導入部分の増加など他分野の研究者にも読みやすいよう編集を行った上で、学会誌に掲載することを検討する。
- 研究会の自主性に基づく柔軟な運営
- 各研究会は一定の活動費の保証のもとで、研究会、シンポジウム、ワークショップ、セミナー、チュートリアルの開催や、研究発表の電子化などを進めることができる。一定期間経過後、研究領域で評価を受けるようにする。
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2.3基幹論文誌から領域トランザクションへの移行についての議論
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(Q) 質の低下につながらないか? |
- (A) 「質」の見方を変えることが重要である。アカデミアから見た「質」もあれば、産業界から見た「質」もある。前者では新規性や妥当性が重要だが、後者では有効性が重要である。領域別に特質に応じた質の確保を行った方が、むしろ質の向上につながると考えられる。
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(Q) 領域トランザクションにするとこれまで基幹論文誌が築いてきた社会的信用(権威)を捨ててしまうことになり、「安っぽい論文ばかり掲載している」という謗りを受けないか? |
- (A) 権威は努力の積み重ねによって得られるものであり、領域トランザクションが高いレピュテーションを得られるかどうかは全て領域の努力にかかっている。しかし、読者に読まれ、引用される論文を掲載するよう心がけ、顕彰などによって領域の方向性を明示していけば、比較的短い期間(3年程度)でも社会で認められるようになると考えられる。
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(Q) 領域トランザクションでは十分な数の論文を確保できないのではないか? |
- (A) 査読付きシンポジウムの論文を特集号として掲載する、領域の事情に応じた論文のカテゴリ分けをして、アイデアや実証評価論文の採録を積極的に採録していくなどの工夫をすれば、論文数は確保できるものと考えられる。
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(Q) 領域トランザクションは十分な数の購読者を確保できるのか? |
- (A) 情報処理の分野はかなり専門化が進んでいるので、現状の基幹論文誌の購読者で半数以上の論文を読む人はかなり少ないだろう。逆に、領域別にトランザクションを刊行すると掲載されている論文と読者の専門領域の隔たりが小さくなり、読まない論文の割合は少なくなり、これが購読者の増加につながると考えられる。また、購読者の少ない領域トランザクションには圧力がかかるので、領域間で競争原理が働き、購読者獲得のためのさまざまな工夫や試みが積極的に行われることが期待される。
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2.4留意事項(国際化について)
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国際化については、海外に対する情報発信ができていないという問題が認識されているが、取り組みかたについては十分注意する必要がある。例えば、領域トランザクションのかなりの部分を英語化することも考えられるが、それはむしろマイナスになると考えられる。なぜならば、日本の研究者(特に産業界)には日本語の論文が有用である。一方、海外の研究者で、半分しか英語論文が含まれていないような論文誌を購読するような人はほとんどいないであろう。日本人向けに日本語の質の高い論文集を刊行すること、海外向けに質の高い英語論文集を刊行することのそれぞれを行うことが重要であると考える。 |
英語の論文を発信するためには、 |
- 関連学会が連合して刊行する。
- 欧米の出版社から刊行する。
- 研究会やシンポジウムの単発の論文集をIEEEなどと連携して刊行する。
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いずれにせよ、国内の読者ではなく海外の読者が購読することを前提とした刊行が本筋であろう。 |