2013年11月05日版:赤津 雅晴(技術応用担当理事)

  • 2013年11月05日版

    「情報処理学会のさらなる発展に向けて」

    赤津 雅晴(技術応用担当理事)


     「情報」という単語を聞いて、皆さんは何をイメージされるでしょうか。本学会員の多くは、シャノンの情報理論に代表されるようないわゆる「理系的」なイメージを持たれるのではないでしょうか。一方、理系とは縁遠い私の家族にこの質問を投げかけると、「新聞やテレビのニュース」という答えが返ってきました。実際、そういう人たちがマジョリティのように思います。情報に対応する英語はinformationですが、その語源であるinformという単語は、人から人へ知識や事実を伝える行為を意味します。したがってそれを扱う学問には、情報工学をはじめとするいわゆる理系的な側面だけでなく、社会科学や人文科学の側面も重要不可欠であることは言うまでもありません。

     最近、本学会の研究会でも、いわゆる理系ではない人の参加が増えていると聞きます。そのような方々が加わることで、多様な視点からの議論が活発化し、真に社会貢献に資する技術開発につながることが期待できます。たとえば、ビッグデータ利活用におけるプライバシー保護の問題では、暗号化したままで情報処理を可能とする秘匿演算といった技術は、それ単独では解にはならず、プライバシーポリシーの考え方や個人の意識の問題への対処との組合せで初めて有意義な技術に仕上がるはずです。

     「情報」という分野は本質的にこのような多面性を持ちます。現代において、ITが無関係であるシステムは皆無であるといっても過言ではありません。社会を取り巻く課題を解決していく上で、情報処理は不可欠です。したがって、これからの情報処理学会は、マイケル・ギボンズらが提唱した「モード2」型の研究アプローチをもっと前面に打ち出していくことが重要なのではないかと考えます。この「モード2」アプローチとは、専門領域に閉ざされた知的生産の様式(モード1)に対して、多元的・複合的な難問と取り組むために必要な課題解決的で超領域的(transdiscipline)な新しい開かれた知的生産の様式です。情報処理学会は、多様な社会課題に対して主体的に取り組んでいきたい。そのためにも、他の専門分野の方々にとっても魅力ある場を提供していきたと思います。

     一方、単に多様な考えを持つ人が集まる場を用意するだけでは十分とは言えません。我々各会員の意識も変えていく必要があるように思います。自分の専門分野に深く精通しつつ、他分野の専門家の考えを理解する力が求められます。モード2型の研究アプローチを推進する上で、「それは私の専門外だから」という言い訳は通用しません。

     話は変わりますが、私は10数年前、客員研究員としてStanford大学のEngineering Economic Systemsという学科にお世話になりました(現在はManagement Science & Engineeringに名前が変わっています)。日本語にどう訳してもよくわからないという感じですが、実際、その学部に所属している先生方は多種多様でした。投資計画の最適化問題に取り組んでいる方もいれば、安全保障政策に取り組んでいる先生もおられました。ちなみに、私が師事した先生は、心理学で博士号を取得し、その後AI(人工知能)の分野に進み、私がお世話になったときは組織論に取り組まれていました。しかし、本人いわく、自分の本職はトランぺッターだという“自由人”でした。一見、雑多な印象を受けますが、共通している点は、現実社会の課題を起点にアプリケーション視点で研究に取り組んでいるという姿勢です。

     理系や文系といった境界を取り払い、超領域的な課題解決に主体的に取り組む人財が求められています。情報処理学会は、そうした人財の育成にも寄与していきたい。そのためのセミナーやサロンなどのイベントを企画していく所存です。