2023年06月29日版:荒瀬 由紀(事業担当理事)

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    「Tangibleであることのインパクト

    荒瀬 由紀(事業担当理事)


     猫も杓子も大規模言語モデル、といった状況が続いています。昨年冬にとある高校に出張講義に行った際に聞いてみると、その場にいた高校生全員がChatGPTを知っているとの答え。4月に入学した大学1年生に講義で聞いてもほとんど全員が使ったことがあると言います。理系学生に限った話にあらず。語学学習の一環で英語の雑談ポッドキャストを聞いているのですが、そこでも話題にのぼり驚かされました。スピーカーはそれまでプログラムを書いたことはなかったそうですが、ChatGPTと会話することでオーディオファイルを自動処理するPythonプログラムを完成させ、ポッドキャスト公開の作業を効率化できたとのこと。自身が携わっている研究分野の技術が推し(と呼んでよいのか分かりませんが)の役に立つというのを目の当たりにするのは感慨深いものがあります。

     中心的研究分野である自然言語処理に取り組む身ながら、まさかここまで驚異的なスピードで大規模言語モデルが社会に浸透するとは思いもよりませんでした。大規模言語モデルの備える驚くべき能力はもちろん、社会に広く受け入れられる上で重要であったのは「言語」というなじみ深いツールによる対話形式のインタラクションであったのだろうと想像しています。対話によるインタラクションが大規模言語モデルを人々に開放したとも言えましょう。前身となるGPT-3を報告した論文がarXivに投稿されたのが2020年5月、それ以降自然言語処理分野では大規模言語モデルを用いたプロンプティングに関する研究が加速しました。言語によるプロンプティングからはじまり、次第にプロンプトをパラメータとして最適化するアプローチが主流となりました。しかしChatGPTでは人間が解釈し理解できる言語によるプロンプトにこだわったことで爆発的な普及につながった。素晴らしい慧眼です。大規模言語モデルとの対話形式のインタラクションはあらゆる情報技術と人々の接し方をも変えるのかもしれません。

     さて9月に開催されるFIT2023でも大規模言語モデルについての特別講演を企画しており、研究の最前線に立つ鈴木潤先生(東北大学)にご登壇いただきます。大規模言語モデルがもたらすポジティブなインパクトの裏側には、教育や創作活動への影響、新たな社会的リスクなど、負の面も存在します。また報道が過熱する中、不正確な情報や過度な期待・不安をあおるような情報も散見されるようになりました。特別講演では大規模言語モデルの仕組みおよびリスクの正しい理解、今後の展開についてご講演いただく予定です。大規模言語モデルやその応用技術に興味を持っておられる方に広く有益な講演となると思います。ぜひ奮ってご参加ください。

     FIT2023では現地会場を主体としたハイブリッド形式での開催を予定しております。近頃再開され始めた対面の会議に参加して実感するのは、休憩時間やすきま時間にする雑談の貴重さです。ちょっとした疑問や日々もやもやと考えていることを雑談することで思わぬアイディアや方向性を見いだせたり、新たなコラボレーションが生まれたり、オンラインでは代え難い体験です。一方で、さまざまな事情により現地に赴くのが難しい方も参加いただけるオンラインでの発表・聴講も継続し、できるだけ多くの方に参加・議論いただける場を提供します。

     現地会場とオンラインのハイブリッド形式で、どのようにして満足のいくエクスペリエンスを提供していくのかは、あらゆるイベントにおいてまだまだ模索段階にあると思います。FIT2023でも現地・オンライン参加双方の良さを活かせる運営となるよう努めたいと思います。
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