情報学分野の科学・夢ロードマップ2014

情報学分野の科学・夢ロードマップ2014


情報学分野の科学・夢ロードマップ2014の策定にあたって

  日本学術会議第三部(理学・工学)は、第22期(平成26年9月末迄)の審議活動の一環として、前期(第21期:平成23年9月末迄)に策定した「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ」を改訂し、「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ2014」を策定すべく、その準備が進んでおります。平成25年度に日本学術会議第三部のもとに設置された「理学・工学系学協会連絡協議会」より本会に「情報学分野の科学・夢ロードマップ2014」策定に関する協力の依頼がありました。それを受けて、当方が委員長を務めております調査研究運営委員会よりコンピュータサイエンス領域、情報環境領域、メディア知能情報領域の3領域の調査研究担当理事に原案の作成を依頼し、本会のすべての研究会の総力をあげての検討が開始されました。その検討結果をもとに3領域の調査研究担当理事を中心とするメンバーで協議を重ねていただき、原案が作成されました。その原案をもとに、当方が日本学術会議情報学委員会の委員の方々ともさらなる検討を加え、加筆・修正を行ない、「情報学分野の科学・夢ロードマップ2014」をとりまとめましたので、紹介させていただきます。
  これまで本ロードマップの作成にご協力いただきました3領域の調査研究担当理事をはじめ、本会の多くの方々に深甚なる謝意を表します。
(2014年4月 副会長 西尾 章治郎)

情報学分野

(1)情報学分野のビジョン
従来、情報学分野、特にその根幹をなす情報処理技術のロードマップは要素技術のみにより語られることが多かった。しかし、スマートフォンやインターネットの日常的な使用に垣間見られるように、情報処理技術が人間生活の隅々にまで浸透し、情報処理技術を基盤とした生活様式が構成されることで、あたかも文字の発明が新しい文化体系を形成したかのごとく、情報処理技術によって新しい文化が花開き、人間生活の方向や価値に多大な影響を与えるようになると思われる。すなわち情報処理技術は、単に理工学の一分野として技術の発展のみで語ることはできず、生活様式をも取り込んだ形での展開様式で議論することが重要となってくる。そこで、この情報学分野のロードマップにおいては、要素技術だけでなく、情報学分野の基盤となる諸技術と人間生活との関わり合いを示唆するようなロードマップを考えることにした。この際、人間社会において実現を望む「夢」の社会に関する四つの柱を立て、それぞれの柱についての諸技術の関わり合いを論じることとした。ここで、四つの「夢」の社会とは、以下に記す「人智高資源化社会」、「活力高生産社会」、「安心安全快適社会」、「持続可能社会」である。
なお、本ロードマップは、情報処理学会と日本学術会議第三部情報学委員会との連携のもとで策定を行ったものである。

(A)人智高資産化社会
人智高資産化社会では、高精度・高速な電子化技術、光学計測技術、大量データの蓄積・検索・送受信技術、超臨場感表現技術の発達により、多様な文化資源や日常体験のディジタルアーカイブ化が行われ、人智の再構成が進み、効率的に臨場感ある体験が可能となる。その結果、五感で感じる世界遺産・遺跡の電子化 (eHeritage) や過去の成功失敗の体験、歴史的イベントなどが臨場感をもって学習できるようになる。
また、構築されたアーカイブを基本データベースとする新しい学問体系「サイバーヒューマニティ」が展開されるようになる。さらに、大規模公開オンライン講座 (MOOC) などのE-ラーニングが世界的に普及し、学習に対する国や地域の差が縮小していく。
一方、現実環境をコンピュータ上に拡張する拡張現実感 (Augmented Reality: AR) や複合現実 (Mixed Reality: MR) などの技術は、その規模と感覚器官をさらに拡張し、メディアアーカイブ技術と連携して新たな現実・非現実感体験を生むようになる。さらには、3次元 (3D) プリンタや機能に関する高次表現方法の普及により、個々人の嗜好に合致するものを要望する量だけ生産するテーラーメイドプロダクションの実現が進展していく。

(B)活力高生産社会
活力高生産社会では、エンターテイメントコンピューティング技術、ウェアラブルセンシング技術の発展により、嗜好に合うもの、あるいは望ましく思うものの定量化への途が拓け、これと知的ロボット技術の発展とが相俟って、人間の活動の肩代わりが進み、個々人が行いたいことが遠隔操作によって効率的に実現できるようになる。
歩行やグローバル・ポジショニング・システム (GPS) による位置情報などの日々の活動がライフログとして記録され、またセンシング技術の発達に伴い、活動だけでなく視覚、聴覚、嗅覚などといった五感のセンシングも行われるようになる。やがては、脳との直接的な入出力による効率的な意図の伝達が可能となる。
また、研究対象であったヒューマノイドは技術開発が継続的に発展し、自律的な適応が可能なレベルまで到達する。さらに、例えば、故人のアーカイブされた情報をもとに、電子的に人格などの身代わりを可能とするようなロボットまで登場する。

(C)安心安全快適社会

安心安全快適社会では、治療記録をはじめとしたカルテの電子化が進み、それぞれの地域や病院で管理されていたデータがやがて相互運用できるようになる。アクセス制御と本人認証技術の発達に伴い、最終的には医療記録の自己管理 (Personal Health Record: PHR) が実現する。
高齢化社会に対しては、インターネットに接続された家電製品を応用した見守りサービスから始まり、介護やリハビリを支援するロボットなどが実現されていく。最終的には、自律して能動的な介護を行うエージェントにまで発達する。
また、センシング技術や高度情報化交通システムの導入により、運転の支援や渋滞の予測などが実現していく。さらに、車両の種類などが限定される可能性はあるものの、無人の自動運転技術が登場する。
物理的な安全社会だけではなく、サイバー社会についても多くの技術革新がみられる。深刻度が増している不正アクセスに対する早期検出技術が浸透していくだけではなく、不正者の追跡が可能になる能動的なセキュリティ基盤が整備されていき、迷惑メールやマルウェアが撲滅された安全なサイバー社会が実現する。
また、共通番号制度と認証技術の発達により、大規模で安全な個人認証が可能になる一方、個人情報やサイバー社会での行動が匿名化されたり、あるいは秘匿解析技術(プライバシー保護データマイニング)が適用されたりすることで、プライバシーが保護されたままでもビッグデータ技術を活用した情報推薦や個別化(パーソナライズ)されたサービスが享受できるようになる。

(D)持続可能社会
持続可能社会では、電子政府・電子行政サービスが国民一人一人に行き渡り、必要なサービスがいつでも受けられ、災害時においても麻痺することがない頑強性の高いインフラが提供されるようになる。現在のマイポータルサイト(ワンストップ行政サービス)では、サービス利用のために利用者の申請手続きが必要であるが、やがて申請不要で教育や医療などの必要な社会サービスが利用可能になっていく。さらには、エージェント技術の普及に伴い、個々人対応の行政エージェントが実現する。
また、地震や台風などの災害に対しても、必要な災害情報を正確かつ迅速に通知するサービスが普及する。さらに、サービスが停止することなく、しかも災害耐性が高い(レジリレントな)情報基盤やエネルギー管理基盤が提供される。


(2)情報学分野の夢ロードマップの考え方


ア)基盤的な研究開発の進展に関するロードマップ
ドッグイヤーと称される情報学分野の発達は極めて早く、さらにはサービスの自由度と多様性が高く、将来の予想はなかなか困難である。そこで、情報処理学会の「コンピュータサイエンス(CS)領域」に属する全研究会の主査が中心となって、情報学分野の基盤的な研究開発内容に関して、次の四つの軸の上で2030年までに実現していくと予想される重要項目を列挙した。その結果をもとに、2010年から2030年までの10年毎の基盤的な研究開発の進展に関するロードマップを作成した。
   ・ アーキテクチャ
   ・ オペレーティングシステム/プログラミング
   ・ データベース
   ・ アルゴリズム
なお、それぞれの軸上に記載されている重要項目は、最先端、あるいは今後を予見した研究トピックとの関わりが深い。したがって、現状では広く一般に認知されていない項目名が多分に含まれていることに留意されたい。

(イ)人智高資源化社会のロードマップ
人智高資源化社会に関するロードマップは、情報処理学会のコンピュタービジョンとイメージメディア研究会、コンピュータと教育研究会などが所属する「メディア知能情報(MI)領域」が中心となって作成した。情報学分野の学術体系の継続性を重要視する観点から、日本学術会議 報告「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ」(平成23年(2011年)8月24年)の46頁に掲載されている前回の情報学分野の科学・夢ロードマップにおける次の四つの項目をベースにして、人智高資源化社会の今後の発展を検討した。
   ・ フィジカルアーカイブ
   ・ メディアアーカイブ
   ・ サイバースクール
   ・ 超臨場感メディア
これらの項目に関する技術は相関が高く、互いに関連して発展することが予想されている。例えば、ブレン・マシン・インタフェース (BMI) を用いた学習技術が実現すると、それを応用した全感覚没入体験が可能な超臨場感メディアに応用されると考えられる。そのような関連する技術を矢印で結んでいる。この矢印の意味は、他の社会に関するロードマップでも同様であり、両方向の矢印は相互に関連することを意味する。

(ウ)活力高生産社会のロードマップ
活力高生産社会に関するロードマップは、人智高資源化社会に関するロードマップと同じく、情報処理学会のエンターテイメントコンピューティング研究会やゲーム情報学研究会を有する「メディア知能情報(MI)領域」が中心となって策定した。人智高資源化社会の場合と同様に、前回の情報学分野の科学・夢ロードマップで挙げられている次の四つのキーワードを選び、それらに関わる技術の発達を予測している。
   ・ 金融システム
   ・ エンターテイメントコンピューティング
   ・ ウェアラブルセンシング
   ・ 知的ロボット
金融システムの電子化については、銀行口座情報をはじめとして既に実現しているものもあるが、今後はゲーム内通貨をはじめとしたサイバー社会における財産との融合も進むことが予想される。さらに、五感のセンシングや身代わりロボットの進展により、より人間を主体とする技術の確立が予想される。

(エ)安心安全快適社会のロードマップ
安心安全快適社会に関するロードマップは、情報処理学会のコンピュータセキュリティ研究会、インターネットと運用技術研究会などが所属する「情報環境(IE)領域」が中心となって技術予測を行い、策定した。前出の二つの社会の場合と同様に、前回の情報学分野の科学・夢ロードマップで挙げられているからキーワードから次の五つを選び、その技術動向を予測している。
  ・ パーソナルヘルスケア
  ・ 高齢化対策
  ・ 高度情報化システム
  ・ サイバーセキュリティ
  ・ プライバシー
医療データの電子化や電子カルテの一部は、現在までに既に一部実現している。今後は、それらが標準化プロトコルを介して互いに結合した大規模医療データベースの構築へと結びついていくことが予想される。ただし、個人の健康に関する個人情報が悪用されたり、本人の意図しない目的で利用されたりしてはならない。そこで、各種の暗号技術、認証基盤、および匿名化技術の発展と合わせて、これらを安全かつ快適に活用していくことが求められている。

(オ)持続可能社会のロードマップ

持続可能社会に関するロードマップは、安心安全快適社会のロードマップと同じく、情報処理学会の情報システムと社会環境研究会やモバイルコンピューティングとユビキタス通信研究会が所属する「情報環境(IE)領域」での議論に基づいて策定した。他の社会の場合と同様、前回の情報学分野の科学・夢ロードマップから次の四つのキーワードを選び、それらに関するより詳細な検討を行った。
  ・ パーソナル行政サービス
  ・ 電子政府
  ・ レジリレント社会
  ・ サイバーフィジカル
電子政府は、現時点でも一部のサービスが実現しているが、その利用は限定的であり、投票や年金記録などの行政サービスはまだ実現されていない。それらは、共通の認証基盤の普及とともに、緩やかに実現していくものと予想されている。ただし、強制的な電子政府の利用を進めた場合、ディジタルデバイドを生じてしまうことが懸念される。プライバシー保護などの課題解決を図りつつ、信頼できる電子政府の基盤の実現が望まれる。また、地震や台風などの各種災害に対しても、麻痺することがない頑強性の高い(レジリエントな)情報基盤やエネルギー管理基盤も合わせて実現されていくことを予想している。


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全体図
 
基盤的な研究開発の進展に関するロードマップ
 
人智高資源化社会のロードマップ
 
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